研究を商品化するときに考えておきたいポイント

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科学研究や画期的なアイデアを商品化することは、基本的には他の分野の商品化と同じですが、特有の困難さが生じることがあるかもしれません。既に商品として確立されたものや明らかな需要があるものと比べ、基礎的な研究を実用的なものに変えるために必要な工程や、売り込むマーケットを探す工程が必要になります。

 

計算生物学のジャーナルPloS Computational Biologyには10 Simple Rules (https://collections.plos.org/ten-simple-rules)という企画があり、研究者がキャリアの中で直面する様々な問題に対して、一つのテーマにつきノウハウを10個にまとめた記事たちが公開されています。ここでは、その内容のまとめをシェアします。今回は、 Fletcher AC, Bourne PE (2012) Ten Simple Rules To Commercialize Scientific Research. PLoS Comput Biol 8(9): e1002712. の内容について紹介します。

尚、元の記事(https://journals.plos.org/ploscompbiol/article?id=10.1371/journal.pcbi.1002712)はクリエイティブコモンズライセンスが適用されており、本記事について著作権上の問題が発生しないことを確認しています。

 

 

商品化は、学術界とビジネス界の両方によって非常に重要視されている課題です。すべての大規模な学術機関は一般的に、科学者を宣伝し研究をマーケットに出すのを助けるための組織を持っています。したがって、この「10のポイント」の記事では詳細については説明しませんが、専門の組織との作業時、またはその前後に考慮すべきいくつかの重要な問題にフォーカスすることにします。

 

ルール1:科学を動かすものはビジネスを動かさない

科学者による研究の評価は、それが私たちの世界の理解に独自の貢献をするかどうかを検討することによって行います。一方ビジネスで重要視されるのは、儲かるかどうかです。これは大きな文化のギャップを生み出します。多くの場合、科学者にはビジネスのための手腕はなく(学問の自由に反すると考える人さえいます)、ビジネスの方も、専門の研究部門がない限り科学が得意ではありません。このように両者の世界を結ぶ共通の理解と成功への道を確実にするために、仲介者・翻訳者が必要です。科学者は、彼らのチームと「同じ波長」にいて、彼らを説明して導くことができるビジネス人を集める必要があります。 逆に企業は、どのような研究大学に連携を求めるか、それがどのような利益を生み出すか、を決定できなければなりません。 連絡窓口のレベルは、大学の開発事務局から、CONNECT (http://www.connect.org) のような仲介を専門とするアウトリーチ機関まで様々です。これらは貴重なリソースであり、科学者と潜在的なビジネスパートナーの両方によって利用されるべきです。

 

 

ルール2:商品化に王道なし

近年では、科学的ブレークスルーの商品化は、少なくとも米国ではバイドール法(連邦政府資金による研究から生じる知的財産権に関する法律)より規格化されきており、学術界は、知的資本のビジネスへの変換を促進する上で積極的な役割を果たしています。ライセンス、ロイヤルティ、インキュベーション、社内開発など多くの方法があります。産業自体もまた、人的資本を共有するために大規模な大学に物理的に近づいています。これらすべての活動の根底には、これらの知的資産にどれだけの潜在的価値が秘められているか、そしてそれらをいかにして先達の理想から遠ざかることなく開発していけるか、同時に価値を生み出せるか、といった多岐にわたる複雑な問題があります。商品化は、他のビジネスプロセスとまったく同じように、インスピレーション、努力を必要とします。ほとんどの方法は基本的に機械的なものなので、うまくいくことも、そうでないこともあります。魔法の方法はありません。ですから、誰かに「絶対うまくいく(または、いかない)!」と言われていても、信じてはいけません。アイデアが実現されるまでには、不断の努力が必要です。一つの例でうまくいったために、この方法なら絶対だ、という意見を信じてはいけません。大きく育った研究主導のアイデアの周りには、育たなかった何百ものアイデアがあったのですから。こうした失敗例については詳細に検討されることもないため、なぜうまくいかなかったのか、どうすべきだったのかを学ぶ術はありません。

 

 

ルール3:自分と同僚の権利を明白に

当たり前かもしれませんが、研究成果の権利と、それを発展させる権利を誰が有しているのかをはっきりさせておくことが重要です。学術界では、通常多くの場合、機関(たまに資金提供者)があなたの研究を所有しています。機関はあなたのアイデアを著作権、ライセンス、または特許で保護することを選択するかもしれません。それらが商業的価値を持つのであれば賢明な方法です(ルール4参照)。その保護は、発明者としてのあなたにではなく、研究が行われた機関に対してなされます。プロセス、コスト、そして費やされる時間に対して、「保護」がどのような意味を持つかを知っておかなければなりません。研究は共同研究であることが多く、しばしば複数の機関が関与しており、これは知的財産の権利と所有権を非常に複雑にする可能性があります。研究が公表される前に、そのような問題は徹底的に見直されて、すべての関連する科学者の合意を得ておくべきです。誤った商品化戦略によって、優れた科学的コラボレーションが台無しになってしまうことがあります。

 

 

ルール4:公の場から民間利用へ移ることの意味を考える

学術研究には、コラボレーション、データと知識の共有、公開の自由など、多くの利点があります。この研究を民間部門に移すときには、異なる規則が適用されます。 知的財産を保護する必要が生じ、場合によっては、その投資を保護することで、その後の開発に影響を与えてしまい、学問の自由に影響を与えることがあります。たとえば、ある学術機関から技術をライセンスしている会社が、開発を継続する権利も持っている状況を考えてみましょう。 それらの権利は、新しい開発を自由に発表する科学者の能力を妨げる可能性があります。

 

 

ルール5:自分自身がどれだけ利益を得たいかを決める

商品化への関与の仕方はピンキリで、製品化のプロセスには積極的にはかかわらなかったり、逆に、研究を製品化する会社に深く関わったり、実際に開発する会社を見つけてきたりする場合もあります。商品化への関与のレベルは、商品化に費やされる時間と、おそらく金銭的な報酬によって決まることになるでしょう。これは最初は慎重に検討する必要があり、あなたの長期的なキャリア目標によく照らし合わせて検討する必要があります。ビジネスの重要な部分である研究開発(R&D)のリーダーとして、管理上の煩わしさから解放されつつ、ビジネスへの移行を成功させることを望み、実行している人もいれば、学術分野に残る人もいます。

 

 

ルール6:RとDを分けて現実的になる

基礎研究と、その後の研究開発との間には、商業化の点で大きな違いがあります。一般に、開発は製品を商業化する事業体によって行われ、学術文化と商業文化の中間点と見なすことができます。開発は非常に高価で時間がかかる可能性があり、先行投資となるため、投資家に大きな財務上のリスクをもたらします。投資家は、大量生産(実験室レベルからのスケールアップ)、流通、物流、価格設定、実用性、マーケティング、安全性、法律といった面からその計画を検討します。多くの場合、これらのうちの1つ以上が解決不能であることが証明され、解決策が現れるまで、時には何十年もの間、突破口が開かないことがあります。例として、パーソナルゲノミクスに関しては多数のアイデアが商品化を待っていましたが、次世代シーケンシングの技術が整備されるまで実現されることはありませんでした。科学者は、アイデアを評価する際にも現実的である必要があります。開発コストの概念をあまり持たず、基礎研究が価値の大部分を占めていると信じている人も多いですが、実際そうであることはほとんどありません。

 

 

ルール7:市場は最初から存在するわけではない

生産できるものを売ろうとする古臭いやり方(専門用語では「生産主導」)は、今のビジネスでは全く信用されない方法です。基礎的な科学研究の場合、まさにこれに当てはまります。科学者は常に商品化への見解なしに、知的好奇心から研究を始めるのですから。研究は普通、医薬品や工学などの明らかな分野以外では、商業的な市場関連の問題を解決することを目的としたものではないため、必然的に市場の要件とは無関係に進んでいきます。市場が存在しなかった事例として、さまざまな逸話があります。ソニーのウォークマンは最初「誰が移動中に音楽を必要とするのだろうか?」と思われていましたし、今では欠かせないのタブレットも「キーボードのないタブレットコンピュータなんて望んでいる人がいるのだろうか?」と言われたものです。これらのような例は、よいアイデアがとにかくうまくいくことを「証明する」ためによく使用されますが、ほとんどの場合はそうはいきません。準備ができている市場が存在しない場合、それは開発されなければならないという点を、あえて無視しているのです。それにはお金、広告、スキル、そして時間がかかり、そのすべてが開発コストを増大させていきます。

 

 

ルール8:「欲しい」と「必要」を見極める

製品は、欲しいものではなく、常に必要性に取り組むべきである、という由緒あるマーケティング公理があります。人々はしばしば「欲しい」と表現しますが、実際買うのは「必要な物」です。フェラーリが欲しくても、買うのはトヨタ。研究から生じる製品が「必要である」と信じるのは、学者にとって非常に簡単です。 しかし実際には、「欲しい」(「ないと困る」ではなく「あるといいかも」)に過ぎないのです。そのため、画期的な製品を商品化するには、人々や他の企業が実際に支払う金額に対処する必要があります。これは複雑な問題です。 これを理解するためには、かなりの時間とお金を市場調査に費やす必要があります。人々がお金を払わなければ、アイデアがいくら優れていようとも、商品化は成功しません。 他にも市場の動きに大きく影響されることがあります。回収期間が長過ぎて、実現しなかった技術もたくさんあります。市場の短期主義は多くの有望なアイデアを葬ってきました。

 

 

ルール9:わかりやすくする

最終的な製品が技術的な購入者を対象としているかどうかに関わらず、あなたの研究の開発に資金を提供し、それを市場に投入しようとしている人々はビジネスマンであり、科学者ではありません。最も初期の段階で、研究をエレベーターピッチ(短時間で魅力を伝えられる分量)にまとめる必要があります。これは、一般人が理解できる少しの文と、購入需要の明確な理由を示すものです。スーツケースに収まり、充電せずに1年間国産車に電力を供給する小型原子炉は、そのわかりやすい例です。新しいエアロゲル?これが何をするのか、何の役に立つのか、誰が知っているのでしょうか?よくあるのは、このように研究と最終的な実際の製品との関係が明確でないパターンです。これを解決するための1つのアプローチは、関連付けを行うことです。「我々の画期的な開発は、明らかにXXを改善します」などのように、早い段階で最大の利益の機会に焦点を当てます。ビジネスマンは、明確な市場機会への明確な進路を見せて欲しいと考えています。

 

 

ルール10:顧客は究極の査読者だ

科学者である以上、私たちの論文は、査読者によって、新規性、正確で正確な科学的プロセス、再現性、そしてコミュニティへの価値で評価されます。アンリ・ポアンカレの例は、ここで査読の価値を説明するのに役立ちます。「三体問題」に関する彼の最初の版には、査読中に指摘された重大な誤りが含まれていました。改訂の結果、この論文は現代のカオス理論に関する非常に重要な研究につながりました。世紀の変わり目における述語論理に関するフレーゲの先駆的な本も、例の一つです。バートランド・ラッセルは、初版を読み、「ラッセルのパラドックス」の餌食になっていると指摘し、フレーゲはこれによって、不備を認め、解決方法を議論する論拠を追加することができました。ビジネスでは、本格的な発売前にアイディアや製品をテストして類推し、最終的な消費者の言うことに注意深く耳を傾けることが重要となります。この市場調査は重要です。市場が温まっていなければ、それがどれほど素晴らしい研究であっても、製品にはなりません。市場調査では、想定どおりに製品が売れないということが分かっていても、別の製品にすれば売れるかもしれない、というパターンもありえます。

 

最初に述べたように、あなたの解決策に合うような問題を探すのは、いつも大変なことです。科学研究を社会に役立つものに変えるために必要なお金、時間、そして資源を使ってあなたを支援する人を見つけるのはおそらくさらに困難です。でもあきらめないでください。ポストイットはかつては科学的な好奇心に過ぎませんでした。テフロンは溶液中のかけらだったし、ペニシリンはペトリ皿に入ったゴミでした。しかし、発案者であっても、知識と認識が、科学者としてのあなたが得る唯一の報酬であるかもしれないことを覚えておいてください。それを市場に出す(つまり金融と商業的リスクを取る)他の人が大部分の利益を得るかもしれません。ですが、元々、それを目指して科学者になったのではないと思います。学術界からの基礎科学研究をより実用的に活用することが、世界中でますます求められています。 その一翼を担ってみませんか?

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