マンボウは合成魔獣だった!~学名が Mola mola ⇒ Mola sp. B ⇒ Mola mola と変遷した理由~

[紹介論文] Sawai E, Yamanoue Y, Nyegaard M, Sakai Y(2018) Redescription of the bump-head sunfish Mola alexandrini (Ranzani 1839), senior synonym of Mola ramsayi (Giglioli 1883), with designation of a neotype for Mola mola (Linnaeus 1758) (Tetraodontiformes: Molidae). Ichthyological Research, 65:142–160.

[論文URL] https://link.springer.com/article/10.1007/s10228-017-0603-6

著者解説
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マンボウ・・・西洋では〝月〟属性の名をもち、東洋では〝太陽〟属性の名をもつ、魔術的儀式に使用されそうで使用されない魚。
「マンボウ」という名は日本でしか通じない、いわば日本ちほーの地域名。
全世界で通じるこの魚の真の名(学名)は Mola mola である。

学名とは、1つの生物に1つしか与えることのできない人類共通の絶対的な名前である。
我らが惑星・地球には推定10000000種以上の生物がいるとされ、これらすべての生物を発見し、各種に個別の学名を与えるため、分類学者は迫りくる寿命と日夜闘い続けている。

しかしながら、世の中は「早い者勝ち」である。
学名はある生物を最初に発見し、新種と証明した者に、名前を付ける権利が与えられる。
学名は日本人ならおなじみの「山田 太郎」よろしく、2語で構成される(例:マンボウ Mola mola)。
この分類法の普及者は、分類学の父と称されるカール・フォン・リンネである(発案者はもっと古い研究者)。
動物の学名の命名法はリンネが1758年に発表した論文が起点となり、現在は「国際動物命名規約」の下、複雑なルールが設けられている。

さて、何故こんな話をしたかというと、ここで紹介する私の論文はマンボウの学名をめぐる歴史的変遷の内容であるからだ。
私が今回発表した論文の重要なトピックは3つある。

① 長らく謎だったウシマンボウの学名が Mola alexandrini に決定したこと。
② 世界最重量硬骨魚はマンボウではなく、実はウシマンボウだったこと。
③ マンボウは合成魔獣だったこと。

これらのうち、①と②はニュースとして紹介して頂けたので、リンク先を参照して欲しい。
ここではニュースで取り上げられなかった③について解説したい。

マンボウ属3種の学名は何?

マンボウの学名は「おかあさんといっしょ」で「モラモラマンボウ」という歌があるように、長い間Mola molaであるとされてきた。
非常に覚えやすい名前である。

このマンボウの学名のうち、最初の「Mola」は属名を表わす。
マンボウはフグの仲間で、フグの仲間の一派にマンボウ科というグループがあり、マンボウ科にはマンボウ属、ヤリマンボウ属、クサビフグ属の3属があり、マンボウはマンボウ属に属する。

これまでマンボウ属は形態学的に世界に2種(Mola molaMola ramsayi)とされてきた。
しかし、DNA解析で種を同定できるようになってからマンボウ属を改めて調べてみると・・・実は3種(種名がわからないので仮にABCと仮称、Mola sp. A、Mola sp. B、Mola sp. C)いることが明らかとなった(このうち、日本に出現するMola sp. Aはウシマンボウ、Mola sp. Bはマンボウと和名が当てられていた)。
では、遺伝的に確認された3種のうち、1種は新種ではないのか?

ところがどっこい、そう簡単に物事は決められない。
何故なら、すっかり定説となったマンボウ属2種という知見のバックヤードには、過去に提唱された33種の学名達が眠っていたのだ。

そう、近年まで2種とされていたマンボウ属の学名の数は、過去に提唱された33種の学名が整理整頓された結果だった。
1700年代~1800年代は、当然ながらインターネットなど便利なものはなく、現在よりも情報伝達のスピードが遅かった。
彼の時代の分類学者達は、それぞれの国でマンボウを入手しては新種と考えて、学名を付けまくった。
その結果、マンボウ属は33種にも膨れ上がってしまったのである。

しかし、学名は1種につき1つしか与えることができないという絶対的なルールがある。
本当にマンボウ属の仲間は33種もいるのだろうか・・・?
そう考えた研究者が過去に調べ直したところ、1種に対して複数の学名が付いていることが判明、つまり、名前が被りまくっていたのである(この被った側の学名を「シノニム」と言う)!
結局、33種とされた学名は2種に絞られ、31個の学名(シノニム)は封印されることになった。

しかし、DNA解析の時代が到来し、その封印は再び解かれることとなったのだ・・・
振り出しに戻るが、これまで一般的に認知されていたマンボウ属は2種だが、遺伝的には3種が示された。
つまり、3種のうちの1種は、従来の2種以外の別種ということになる・・・となると、マンボウ属の分類学的再検討を行う必要が出てくる。
そうなると、封印した31種のシノニムも呼び起こし、再度、従来の2種も含めた過去に提唱されたマンボウ属の学名全33種を再検討しなければならない。
ここまでは今回の論文の主な背景で、イメージとしては以下のような構図となる。

より詳しい研究の経緯を知りたい方は、著書「マンボウのひみつ」を読んで頂けると嬉しい。
論文が出版された結論として、マンボウ属3種の学名は決定することができた。

Mola sp. A =ウシマンボウMola alexandrini(本論文で特定)
Mola sp. B =マンボウMola mola(本論文で特定)
Mola sp. C =カクレマンボウMola tecta別の論文で新種と判明)

ここでは、何故マンボウの学名が Mola sp. B = Mola mola となったのかについて取り上げよう。

生物分類における研究手法

マンボウの学名をめぐる深い闇の歴史を語る前に、この論文でも行った研究手法を含めて、どうやって生物の種の分類を再検討するのかについて超簡単に触れたいと思う。

① 気になる分類群の標本を入手して、「形態的特徴」と「DNA」を調べ、図鑑や論文などを参照し、種の学名をある程度特定する(ここで特定できない場合、新種の可能性がある)。

② 気になる分類群の学名が最初に記載された論文(原記載という)をすべて集めて、各種の形態的特徴を頭に入れる(一般的には科レベル)。

③ 気になる分類群の現存するタイプ標本(世界基準となる標本で、基本的に1種ごとに1つ以上ある)をすべて調べる(タイプ標本が無い場合は、原記載の情報から推測するしかない)。

①で入手した標本について、②と③の総合的知識と比較して、真の学名を特定する。
生物分類の研究は「世界レベル」に活動しないといけない場合が多いので、②と③の知識を頭を入れるのに時間とコストがかかる。
逆に言うと、②と③の知識が入れば、新種の発見や分類群の整理がしやすくなる。

Mola mola のタイプ標本は存在しない

マンボウの学名の正式表記は「Mola mola (Linnaeus, 1758)」である。
学名の後ろにある名前は命名者、数字は論文を発表した西暦を表わす。
実は命名者と西暦をくくるカッコ()にも大きな意味があり、これは属名が変更されたことを意味する。

マンボウの命名者は生物分類の基準となるカール・フォン・リンネである。
しかし、リンネが最初に名付けたマンボウの名は Tetraodon mola である。
Tetraodon はフグ科の1属の学名で、マンボウ科が設定されていなかった時代、マンボウはフグ科のグループに入れられていた。
その後、マンボウ科が設定されると、マンボウはフグ科ではないことがわかり、グループが移され、属名も Mola に変更されたのだ。

今回の論文のメインはウシマンボウの学名を特定することであるが、その過程でマンボウの学名も再検討する必要性が出てくる(結局、マンボウ属33種の学名すべてを再調査することになるので)。
マンボウの学名の名付け親はリンネである。
動物の学名はリンネが発表した1758年以後が有効というルールが設定されており(それ以前に提唱された学名はすべて無効)、マンボウはその1758年に提唱された。
つまり、マンボウ科の始祖にあたる。
となれば、マンボウ属はシノニムが多いし、クサビフグやヤリマンボウの学名もマンボウと混同されている可能性が考えられ、マンボウの学名の再検討を行うには、単純に属レベルの33種では解決できない可能性がある。
ここはもう思い切って全部調べようと思い、マンボウ科の学名全55種を再検討することにした。

しかし、マンボウの学名はリンネのタイプ標本が残されていれば、それより古い標本はすべて無効なので一発解決だ。
そう思ってリンネの原記載を読む。

何もわからない・・・
原記載がラテン語であることは除いて、記載が短過ぎるし、絵も載っていない。
当然ながら、タイプ標本に関する情報は原記載には書かれていなかった。

しかし、超有名なリンネである。
長い歴史の中で、リンネの記載したタイプ標本は過去の分類学者達によって調べ尽くされ、厳重に保管されているはず。
そう考え、リンネの標本が保管されているすべての施設、Swedish Museum of Natural History、 Linnean Society of London、 Museum of Evolution (the University of Uppsala) を調査した。
しかし、リンネが名付けたTetraodon molaのタイプ標本は無かった。
つまり、Mola mola のタイプ標本は存在しないことが明らかになったのである。

タイプ標本が無いことはリンネの記述にも実は表れていた。
リンネのマンボウの記述「T. laevis compressus, cauda truncata: pinna brevissima dorsali analique annexa(和訳:Tetraodonはなめらかで、側偏し、尾鰭は断ち切られている:短い背鰭と臀鰭が繋がる)」のうち、「なめらか」と「短い背鰭と臀鰭」はマンボウに該当しない。
マンボウはざらざらしており、背鰭と臀鰭は全長より長いのでこのような表現にはならない。
どちらかというと、この記述が当てはまるのはマンボウではなく、クサビフグである。

Mola mola は合成魔獣

Tetraodon mola は実はマンボウではなく、クサビフグを指しているのではないかという疑いが出てきた。
これが真実なら、非常に厄介なことになる。
何故なら、Mola mola はマンボウではなく、クサビフグの学名となり、魚図鑑を始めとした世界中のありとあらゆる出版物を書き換えなけらばならないからだ。

最初はよくわからなかったが、原記載をよく読んでいるうちに、リンネは3つの論文を引用していることに気が付いた。

現在の雑誌と略し方が異なるため、著者もタイトルも全くわからなかったが、調べまくった結果、Artedi (1738) 、Bianchi (1746)、Gronovius (1754)の3つを引用していることがわかった。
これら3つの論文もより古い論文を引用していたので、その引用元の論文をドンドン時代を遡りながら調べて行くと・・・今から1941年前の大プリニウス(77)まで遡ることになった。
つまり、1900年前から人類はマンボウ類を知っていたのである。

話が逸れたが、結論として、リンネが引用していた3つの論文はそれぞれ以下の魚を記載していたことがわかった。

Artedi (1738) =マンボウ属
Bianchi (1746)=クサビフグ
Gronovius (1754)=クサビフグ

既にこの時代でもマンボウの仲間には2種類いることが示唆されていた。
にも関わらず、リンネはこれら2種を混同して(というよりも同種とみなして)、Tetraodon mola を記載したのである。
つまり、現在のMola mola という学名は、マンボウ属とクサビフグの記述をミックスして作られた合成魔獣だったのだ!

古文献には「リンネがマンボウの標本を直接見ずに記載したこと」、「マンボウ属とクサビフグの記載を基にTetraodon molaという種を与えたこと」が指摘されていた。
しかし、そこまで過去に遡って検証しようと思った現代のマンボウ研究者は我々以外他にいなかった。

世界的混乱を防ぐために

マンボウの学名が2種の合成だったことがわかり、結局どうすればいいのか?という話になる。
通常なら、どの種を指しているかわからない学名は無効になる。
しかし、マンボウ=Mola mola という学名はあまりにも有名で一般に普及しているし、クサビフグには Ranzania laevis という別属別種を示す学名が既にある。
これらを変更するのは世界的な混乱が生じるので、非常によろしくない。

そこでMola mola という学名の扱いに決着を付けるため、リンネの原記載に書かれていた「タイプ産地」に着目した。
タイプ産地とは、タイプ標本が得られた地域を指し、タイプ標本が無い場合は、その指定された地域から得られたその学名と一致するであろう生物を、学名の指定に使うことができる(同じ地域から得られた生物は記載された生物と同じ生物群だろうという考えより)。

リンネの記載にあったタイプ産地は地中海だった。
地中海ではヤリマンボウとカクレマンボウは確認されていないが、マンボウ、ウシマンボウ、クサビフグの3種が存在する。
幸運にも、私は地中海でマンボウ類のサンプリングをしたことがあった。
地中海サンプルをDNA解析した結果、地中海ではウシマンボウやクサビフグよりも圧倒的にマンボウ(Mola sp. B)が存在することがわかった(未発表)。

また、ボローニャ大学の博物館にはMola mola のシノニムとされた Ozodura orsini という学名のマンボウ属のタイプ標本がある。
このタイプ標本の形態を調べた結果、Mola sp. Bと一致した。
加えて、リンネの原記載からはわからないが、従来Mola mola とされてきた種の形態的特徴は他のマンボウ科とは一致せず、Mola sp. Bとのみ一致した。
これらを総合的に考えると、リンネが生み出し、現代に普及するMola mola という学名の種は、遺伝的に確認されたマンボウMola sp. Bと同種であることから、このままこの学名を有効として残すのが妥当と考えられた。

しかし、Mola mola のタイプ標本は存在しない状態なので、今後、再検討する必要が出てきた時に基準となる標本を指定してあげた方が良い。
そこで、既にMola mola のシノニムと認知されて、リンネの記載にあるタイプ産地から得られ、博物館に保管されている Ozodura orsini のタイプ標本をMola mola のネオタイプに指定した(タイプ標本を別のタイプ標本に指定し直すのは良くないという意見もあるが、今回の場合は研究の期限的なこともあり、こうするのがベストだった)。
つまり、今までOzodura orsini という学名のタイプ標本とされてきたものを、今回の論文で、新たにMola mola のタイプ標本に指定し直したのである。
これにより、リンネが提唱した種も、基準となる標本とともに活きることになり、世界的混乱を防いだのである。

なお、Mola mola のネオタイプに指定する際に、ボローニャ大学の博物館に何度も個別の標本番号を与えるように問い合わせたが、「博物館の都合で古い標本に新たな標本番号を与えることはできない」と言われたため、論文中ではタイプ標本であるにも関わらず、標本番号が無い状態になっている(しかし、この種の標本は博物館に1つしかないのですぐわかる)。

学名がいろいろ出てきてややこしいかもしれないが、これがマンボウが合成魔獣である理由、従来Mola mola と呼ばれてきたマンボウの学名が、一旦Mola sp. Bを経て、再びMola mola へと戻った理由である。
マンボウの学名の変遷を要約すると以下のようになる。

しかし、マンボウ属の再分類はまだ完全には終了していない。
もしかしたら Mola mola はさらに2種(2亜種)に分かれるかもしれないのだが、今はこれらを明確に分ける術が無い。
本当の決着にはさらなる調査が求められるのだが、現状ではマンボウ属は3種として一旦落ち着かせるので問題はないだろう。

この記事を見て、もっとマンボウについて詳しく知りたいと思われた方は、著書「マンボウのひみつ」(岩波ジュニア新書)も読んでくれると非常に嬉しい。

(※ 自分が編集してプレビューを何度も見ているうちに閲覧数が35 Viewsになってしまったので、実際の閲覧数は35を引いてほしい)

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