酒で胃を殺菌!?

[紹介論文] Matsuoka, T., Matsuoka, K., Kakizawa, H., Suizu, F. (2021) A gastric acid condition enhances the microbial killing effect of ethanol. Microbiol. Res. Int. 9: 40-45.

[論文URL] https://www.netjournals.org/pdf/MRI/2021/2/21-016.pdf

著者解説
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 「酒で胃の中を殺菌」という冗談話は本当かも知れない。胃の中は胃酸(塩酸)の分泌により酸性である。口から入った微生物の多くは,胃酸によって殺菌される。ただ,空腹時は強い酸性(pH 1〜2)であるが,食事により胃酸は薄まるので酸性度は弱くなっていき、食事が終わる頃にはpH 4~5になる。従って,空腹時や食事の初期なら,強い殺菌効果が期待できる。微生物が強い酸性溶液中(水素イオン濃度が非常に高い)で殺菌される理由は,微生物の細胞内に水素イオンが流入してpHが急降下することにより,タンパク質などの生命分子の機能が失われるからである。

 しかし,酸に対して耐性をもつ微生物は胃酸では殺菌されにくく,腸に移行して食中毒を起こすものもいる。酸耐性の微生物の多くは、細胞膜が水素イオンをほとんど透過させないので,強酸の液中でも細胞内のpHはほとんど変化しない。本論文の著者らは,実際にコルポーダという土壌性微生物の休眠シスト(注1)をpH 1の強酸性溶液に入れて細胞内のpHを測定してみたが,pHは5.8までしか下がらなかった(文献1)。しかし,水素イオンの輸送体を使って,水素イオンが細胞内に拡散できるようにしてやると,細胞内のpHが下がり微生物の休眠シストの生存率は著しく低下する(文献1)。

 細胞膜の水素イオン難透過性以外に,大腸菌O157のように,細胞内に流入してきた水素イオンを速やかに除去するしくみを備えているものもいる。

 酸以外で強力な殺菌効果をもつのがエタノール(エチルアルコール)である。手指の消毒には,70~80%のエタノールが使われるが,酒類に含まれるような数%〜20%程度の低いエタノール濃度(アルコール度数)では,殺菌力はとても弱い。ところが,エタノールと酸を混ぜて酸性エタノールにすると,殺菌力が増大することが知られている。この事実は,胃の中の酸性環境では,酒で微生物を殺菌できる可能性を示唆している。

 本研究では,酸耐性をもつ土壌微生物の休眠シストや細菌に対する酸と低濃度エタノール混合液の殺菌効果を調べた。この結果,酸や低濃度のエタノール単独では殺菌効果がほとんどなかったが,これらを混ぜると殺菌効果が飛躍的に増大することがわかった。図1Aは,肺炎桿菌(注2)(6081株)を,塩酸溶液(pH 3)[A-1],2.5%エタノール(pH 6.5)[A-2],塩酸を含む2.5%エタノール(pH 3)[A-3],ビール(pH 4.3)[A-4],塩酸を加えたビール(pH 3)[A-5]に一定時間入れた後,寒天培地にまいてコロニーを形成させたものである(1個のコロニーは1個の菌が増殖したもの)。菌は,塩酸(pH 3)[A-1],2.5%エタノール(pH 6.5)[A-2],ビール(pH 4.3)[A-4]に入れても死ななかったが,酸性エタノール(2.5%, pH 3)や酸性度を上げたビール(pH 3)に入れると,ほとんどが死滅した[A-3, A-5]。この結果は,アルコール度数の低い酒類でも,胃の中では酸耐性の菌も殺菌できることを示している。しかし,食事が進むにつれて,胃酸は希釈されるので胃液の酸性度は弱くなっていき,殺菌効果は小さくなっていく。しかし,酸性度が強い酒類なら,それ単独でも殺菌効果が期待できそうだ。

 

 「酸性の酒」といえば,ワインである。赤ワインに含まれるエタノールの濃度は,10〜13%程度で,何種類かの有機酸が含まれていてpHは3〜4である。ワインには,食中毒菌を殺菌する効果があることが,昔から知られていたようだが,近年,実験的に確かめられている。たとえば,カンピロバクター(Campylobacter jejuni)(加熱不十分な鶏肉や鶏レバーなどによる食中毒の原因菌;近年の細菌性食中毒発生件数の約70%はこの菌が原因)を3倍希釈した赤ワイン(pH 3.6, アルコール度数12.5%)の中に入れると,耐性菌株の場合でも99%以上が1分以内に死滅することが報告されている [文献2]。ワインに含まれる有機酸やエタノール単独の殺菌効果に比べて、これらを組み合わせることにより、強力な殺菌効果が生まれるのである[文献2]。ワインなら,胃酸が薄まっても殺菌効果がありそうだ。また,pHが低くアルコール度数が高いワインほど殺菌効果が大きいのは言うまでもない。

 では,酸とエタノールを混ぜると,なぜ強力な殺菌効果が生まれるのだろうか?本論文の著者らは次のように説明している。エタノールは低濃度でも,微生物の細胞膜の構造変化をもたらす(極端に言えば穴があく)。酸性のエタノール溶液(水素イオン濃度が,微生物の細胞内に比べて非常に高い)に微生物を入れると,エタノールが微生物の細胞膜に入り込んで細胞膜に隙間ができ、水素イオンなどが透過しやすくなる。このため、外液の水素イオンが一気に流入して細胞内のpHが急上昇する。この結果,細胞内のタンパク質などの生命分子は機能しなくなるので,微生物は死ぬと考えられる。

 残念ながら,酸耐性の大腸菌O157に対しては,酸とエタノールの混合液は,殺菌効果があまりなかった(図1B)。菌は,酸性の10%エタノール(pH 3)[B-3]や塩酸を加えたビール(pH 3)[B-5]に入れた場合でも,わずかな殺菌効果しか認められなかった。この理由は,大腸菌O157の細胞内に流入してきた水素イオンを消去してしまうしくみが備わっているためである。

 ノロウイルスに対する酸・低濃度エタノール(または酒類)混合液の効果は不明である。酸性(pH 3〜4)の70%エタノールが,ノロウイルスをほぼ完全に不活性化することが最近わかったが [文献3],ワインに含まれる10%程度のエタノールが,どれくらいの効果があるかわからない。

(注1)ある種の微生物は,休眠シストと呼ばれる休眠形態になり,強酸,高温,凍結,乾燥などに対して耐性をもつ。

(注2)肺炎桿菌は,口腔や腸における常在菌で,肺炎などの感染症の原因菌である。この菌のなかまには,感染性腸炎を起こすものも報告されている。

文献

[1] Nakamura, R., Sogame, Y., Arikawa, M., Suizu, F., Matsuoka, T. (2020) Tolerance of Colpoda cucullus Nag-1 wet resting cysts to extreme pH (pH 1 and 13): Implications of less permeabilityof the cyst membrane to H+ and OH. J. Protozool. Res. 30: 38-46. https://www.jstage.jst.go.jp/article/jprotozoolres/30/1-2/30_38/_pdf

[2] Carneiro A., Couto, J. A., Mena, C.,  Queiroz, J., Hogg, T. (2008) Activity of wine against Campylobacter jejuni. Food Control 19: 800-805. https://doi.org/10.1016/j.foodcont.2007.08.006

[3] Sato, S., Matsumoto, N., Hisaie, K., Uematsu, S. (2020) Alcohol abrogates human norovirus infectivity in a pH-dependent manner. Sci. Rep. 10:15878. https://doi.org/10.1038/s41598-020-72609-z

[追記実験結果]

ワイン以外で強い殺菌効果が期待できるのが梅酒やレモン酎ハイなどの酸味が強い酒類である。筆者らの研究グループ(共同研究機関:東京顕微鏡院)は,カンピロバクター(Campylobacter jejuni)に対して,梅酒やレモン酎ハイ(缶酎ハイ)に殺菌効果があるかどうかを調べてみた。図は寒天培地に形成されたカンピロパクターのコロニーである(白い斑点)。1個のコロニーは,植え付けた1個の菌が増殖して形成されたものである。この実験では,①水[pH 6.0],②梅酒[pH:2.9,アルコール度数(エタノール濃度):10%],③レモン酎ハイ[pH: 3.3,アルコール度数:9%],④焼酎水割り[pH:6.8,アルコール度数:9%]に菌を10分間ほど懸濁処理した後,一定数を寒天培地に植菌した。この結果,焼酎の水割りでは菌はほとんど死ななかったが,梅酒やレモン酎ハイでは,菌はほぼ全滅した(図2)。今回実験に使ったレモン酎ハイは,レモン果汁を3%含む市販の缶酎ハイであるが,居酒屋などで出されるレモン酎ハイの酸味はそれほど強くないかも知れない。酸味が弱いと,強い殺菌効果は期待できない。

 図2 梅酒とレモン酎ハイのカンピロバクター殺菌効果

 

 

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