空中で指を動かすと文字を思い出せる謎:空書行動の実験心理学的検討

[紹介論文] Itaguchi Y., Yamada C., and Fukuzawa K. (2019) Writing in the air: facilitative effects of finger writing in older adults. PLOS ONE, 14(12): e0226832.

[論文URL] https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0226832

著者解説
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【一言で言うと】

空書しているときには,動かしている指を見ていないと意味がないよ。

 

【研究の背景】

私たちは漢字や英語のスペルを思い出すときに,指で文字を書いて思い出します。心理学の分野では,この行動は空書(くうしょ,Kūsho)と呼ばれています。実はこれ,日本人を含め,漢字文化圏の人々に特有な行動であり,欧米など他の文化圏の人々には見られません(佐々木・渡辺,1983; 佐々木,1984; 佐々木・渡辺,1984)。これはおそらく漢字学習をする際に,たくさん文字を書いて覚えるという教育方法が影響していると考えられます。が,本当にこの行動,意味があるのでしょうか?

佐々木・渡辺(1983)では,空書行動が文字形想起に与える影響を実験的に検討しました。その結果,空書をすると,ちゃんと漢字の形を思い出すときに促進的な効果が得られることがわかりました。その後,子どもにおける空書の獲得や,文化的な違いなど,空書についての多くの研究がなされました( 佐々木,1984; 佐々木・渡辺,1984; 村上,1991; 住吉,1996)。

ただし先行研究のどれも,以下の問題を抱えていました。

  1. 「指を動かして文字を書くこと」と「指を動かすこと」の区別がついていませんでした。すなわち,指をただ単に「動かす」ことにより文字想起が促進される可能性が排除できていませんでした。
  2. 実験参加者が空書をしている際,どこを見ているのかを統制あるいは記録していませんでした。すなわち,視覚フィードバックの影響が十分に検討されていませんでした。
  3. 実験で使用された刺激(文字)数も少なく,文字特性の統制も取れていなかったため,空書効果が大きく見積もられていた可能性もありました。

私たちの一連の研究では,これらの問題を改善し,改めて空書の効果を実験的に検討しました。

【方法】

基本的には,佐々木・渡辺(1985)で提案された実験方法を用いました。本研究では,漢字構成課題(Kanji construction task)と呼びます。Figure 1のように,PC画面に呈示された3つの“漢字サブパーツ”を組み合わせ,ひとつの漢字を作るという課題です。これはクイズなどでもよく用いられるため,みなさんにもお馴染みかもしれません。

その際,視覚情報・運動関連情報に関して,2×3の実験条件を設けました。すなわち,問題を考えている途中に,①画面を見続ける条件(画面注視条件),②指を見ている条件(手指注視条件)がありました。さらに指に関しては,①空書をして考える条件(空書条件),②指を動かさない条件(静止条件),③文字とは関係のない運動をする条件(円運動条件)です。

Figure 1. 漢字構成課題と実験条件

【結果】

論文ではたくさんの実験をおこなっていますが,重要な結果だけを報告します(※1)。

大学生に対する検討

実験の結果,指を見ている条件でのみ,空書条件の正答率が高くなることがわかりました。これは,実験刺激の呈示方法を変えても,頑健に再現されました(Itaguchi et al. PLOS ONE, 2015, 2017)。

Figure 2. 大学生における漢字構成課題の正答数 (Itaguchi et al. 2015)

さらに,大学生の語彙数と空書効果の相関も調べましたが,意味のある相関は得られませんでした。この結果は,空書は語彙数に関係なく一定の効果をもたらすということを意味します。

高齢者に対する検討

認知能力との関連を調べるため,高齢者(n=27,平均年齢86.8歳,SD=5.9歳)に対しても同様の実験をおこないました。その結果,高齢者においても有意な空書の促進的効果が確認されました(Itaguchi et al. PLOS ONE, 2019)。

Figure 3. 高齢者における漢字構成課題の結果 (Itaguchi et al. 2019)

空書効果と,年齢・MMSE(認知能力の低下を評価するスコア)・教育年数という3つの変数に対して,偏相関係数という解析をおこなったところ,空書効果と教育年数のみの間に,有意な負の相関が見られました。つまり,教育年数が短いほど空書の促進効果が大きいことが分かりました。

【考察】

一連の研究から,以下の3点が明らかになりました。

  1. 指を見ている条件でのみ,空書の効果が発揮される
  2. 空書効果は語彙数・年齢・認知能力低下とは相関しない
  3. ただし,教育年数が短いほど空書の促進効果が大きい

1点目は,空書の指運動が大事なのではなく,指運動の視覚的フィードバックこそが大事であることを示唆します。これは,ある身体運動が自発的に出現したとしても(※2),脳はその運動情報を使っていないことを示唆する点で,非常に興味深い発見です。この知見は,最近の流行っている「身体化認知(Embodied cognition)」という概念を考える上でも重要です(※3)。

2点目は,空書効果が視覚的処理によって支えられていることを間接的に支持します。すなわち,語彙数・年齢・軽度の認知能力低下(※4)は言語処理そのものには関わりはあるかもしれませんが,身体運動の視覚的処理には大きく影響しないと考えられるからです。また,文字をあまり書かなくなった現代の私たちにおいても空書行動・空書効果が見られたことは,空書行動には幼少期の書字経験が大きく影響していることも示唆します。

3点目は,実は解釈が難しい知見です。この結果は,教育年数が高い人はもともと正答率が高く,空書によって成績が向上しなかったこと(天井効果)の裏返しとなっています。ただし少なくとも現実的な状況においては,なんらかの理由によって文字想起をすることが苦手な人々において,空書が大きな効果をもたらすことを示唆しています。これは,脳損傷患者さん,あるいは難読症をもつ方々に対して,空書が有用な道具となる可能性を示しています(※5)。

現在,われわれのチームは失語症の患者さんにおける空書効果についても検討中です。是非続報を期待してください。

【文献】

Itaguchi Y., Yamada C., and Fukuzawa K. (2019) Writing in the air: facilitative effects of finger writing in older adults. PLOS ONE, 14(12): e0226832.

Itaguchi Y., Yamada C., Yoshihara M., and Fukuzawa K. (2017) Writing in the air: a visualization tool for written languages, PLoS ONE, 12(6): e0178735.

Itaguchi Y., Yamada C., and Fukuzawa K. (2015) Writing in the air: contributions of finger movement to cognitive processing. PLoS ONE, 10(6):e0128419.

【注】

※1 ちなみに,佐々木・渡辺(1983)の方法に従って直接的追試もしました(n=27)が,空書効果はまったく再現されませんでした。この際,視覚条件については教示をせず,佐々木・渡辺(1983)で用いられた12個の刺激を用い,同じ刺激呈示時間・回答時間を用いました。異なったのは,PC画面を用いて実験刺激を呈示したことなど,厳密な実験統制をおこなった点,円運動条件を追加した点のみです。統計的有意差はさておき,効果量が全然ありませんでした。これは,先行研究の実験環境や実験刺激のどこかに問題があったことを示唆します。

※2 大学生・高齢者ともに,100%近い確率で自発的に(何も教示しなくても)空書が生じることは確認しています。

※3 身体化認知の研究では,身体運動に焦点が当てられていますが,身体運動そのもの(=動かすこと,それにまつわる運動情報)が大事なのか,その視覚フィードバックが大事なのかという点はあまり議論されていません。本研究でも,文字数をカウントする際には視覚フィードバックがなくても空書の促進効果が観察されており,課題によって運動・視覚の相互作用が異なることが示唆されています。

※4 今回の研究では,重度の認知力低下をもつ方は参加者に含まれていません。

※5 純粋失読と呼ばれる神経心理学的症状において,「なぞり読み」が効果的であることが知られていますが,このメカニズムを解明するためにも本研究で明らかとなった知見が有効であると考えられます。

 

 

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