密になるメカニズムは2種類ある
[紹介論文] “The switching mechanisms of social network densification,” T. Kobayashi and Mathieu Génois. Scientific Reports 11, 3160, 2021.
はじめに
新型コロナウイルスが拡大してからというもの、「密を避ける」という言葉を聞かない日はありませんが、そもそもなぜ密になるのでしょうか。ここでは「密になる」とは特定の場所で人と人の接触が増える現象として定義します。そう考えると、実は密となる要因にも2種類あります。一つは、その場の人が増えることによる密度の高まりです。人が増えるだけでは必ずしも接触が増えるとは言えませんが、一般的には人口が増えればそれに伴って接触も増えると考えられます。もう一つは、その場の人口は変わらないが、人々の会話行動が活発化することによる接触の増加です。例えば、学会における基調講演の最中はみんな大人しく座っているので接触は少ないですが、コーヒーブレイクになれば途端に接触が増えます。本研究では、密になる要因としてのこれら2つのメカニズム(「人口増加」と「活発化」)うち、どちらが働いているのかをデータから簡単に判別する方法を提示します。
データ
ここで使用するデータは、ウェアラブルセンサを用いて計測された人と人の接触関係のデータです。それぞれ誰と誰が接触したかがIDで記録されており、タイムスタンプが付いています。ウェアラブルセンサを用いた計測プロジェクトSocioPatternsのサイトから、学会や学校、病院といった場所で計測されたデータがダウンロードできます。ここでは、人を「点」、接触関係を「枝」としたネットワークを考えます。このネットワークを一定間隔、例えば15分ごとに計測することで、たくさんのスナップショット・ネットワークが得られます。これらのネットワークから、「少なくとも一本の枝を持つ点の数」および「枝の数」をプロットします。以下では、例として2016年と2017年に開催された計算社会科学分野の国際会議におけるデータを利用します。
上の図から、枝の数()と点の数()には正の相関があることがわかりますが、何となく2種類の相関があるように見えます。一つは(対数軸における)直線的な関係性を示す部分、もう一つは傾き自体が増加している部分です。実は、この2種類の「スケーリング」が密のメカニズムに関わっています。
分析結果
我々の以前の研究では、動的隠れ変数モデル(dynamic hidden variable model)という単純なモデルを使うことで、直線的なスケーリングが人口変化によってもたらされること、一方の加速度的に枝が増加している部分は人々の活動量の増加に起因することを示していました。ただ、上図のような2種類のスケーリングが混在している場合には適用できないのが欠点でした。今回の研究では、密のメカニズムが一定の確率で推移することを許すモデル(マルコフ・レジーム・スイッチングモデル)を使うことで、どちらのメカニズムがいつ働いているのかがわかるようになりました。
上図は、IC2S2-17のデータを使った推定の例です(マルコフ連鎖モンテカルロ法を用いたベイジアン推定)。右側上段は、それぞれの時間帯における密度変化が人口変化に起因する確率を示したものです。この学会のデータでは、早朝と夕方に人口変化が起こっている一方、昼間の時間帯は活動量の変化で密度変化が説明できることが示唆されています。これらの時間帯に対応して色分けしたのが右側下段の図です。はっきりと直線部分が青色、また加速している部分が赤色になっており、それぞれ人口変化と活動量変化によってもたらされたスケーリングであることがわかります。実は、早朝の時間帯は当日最初のセッション開始前のRegistrationの時間帯に相当し、夕方はポスターセッションのあった時間帯に対応しています。つまり、早朝に参加者が集まってきたり、夕方のポスターセッションが始まると会場を後にする(!)ことが人口変化の要因となっているわけです。
おわりに
ネットワーク科学における最も基本的な量といっても良い「点の数」と「枝の数」だけを使って、密度が変化する動的なメカニズムが解明できるというのが今回の研究の最大のポイントです。これまで、ネットワークが累積的に大きくなる過程で密度が増加するという研究は過去にもありましたが、密になったり疎になったりを繰り返すことで出現するスケーリングが存在することを示し、それをモデルで説明した点は新しい貢献だと考えています。ただ、それぞれのメカニズムにおいて感染拡大にどのような違いがあるのかという点は、まだわかっていません。何でもかんでも密がダメというのではなく、そのメカニズムについて詳しく見ることで、感染拡大防止のためのヒントを得ることが期待されます。