正露丸が寄生虫アニサキスを殺す:世界初の特効薬なるか?

[紹介論文] K. Matsuoka and T. Matsuoka (2021) Over-the-counter medicine (Seirogan) containing wood creosote kills Anisakis larvae. Open J. Pharmacol. Pharmacothr. 6(1): 9-12.

[論文URL] https://bityl.co/7pen

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オリジナル論文のタイトル:木クレオソートを含む市販薬(正露丸)がアニサキス幼虫を殺す

アニサキス幼虫は、サバやカツオなどの刺身に隠れている1〜3cmくらいの線虫で、この線虫が原因のアニサキス食中毒は、年々増加傾向にある。アニサキスは胃や腸の粘膜に、頭部を突き刺して暴れ回り、消化管の粘膜に潜り込もうとする。まれに、消化管の壁を突き破って腹腔に入り込むという最悪のケースも報告されている。アニサキスに食いつかれると、激しい腹痛やアレルギー症状が現れる。現在、アニサキスを殺す特効薬は存在しない。このため、胃アニサキス症の場合は、病院で内視鏡を使って摘出する以外に方法はない。2011年に関本ら は、in vitro実験により、正露丸がアニサキスの活動を抑制することを示した(Sekimoto et al., 2011)。さらに、正露丸服用により腹痛を和らげる効果があったという症例(2例)を報告した(Sekimoto et al., 2011)。しかし、「アニサキス食中毒に正露丸が本当に効く」という裏付けが十分になされているとは言えず、インターネット上には、専門家の否定的な見解も多く見られる。

最近、高知大学理工学部の松岡らの研究グループは、「正露丸がアニサキスを麻痺させるだけなのか、殺虫効果があるのか」という根本的な問題を、死んだ組織を選択的に青く染めるトリパンブルー染色を用いて明らかにした。すなわち、1回服用量の正露丸(3粒)を、30mLのpH2の液(=空腹時の胃液の量)にアニサキスを30分間浸すと、ほとんどのアニサキスが運動を停止し、完全に運動を停止したアニサキスを24時間後にトリパンブルー染色すると、ほとんどの個体が部分的あるいは全体的に青色に染まった。この結果は、正露丸処理したアニサキス組織が死につつあることを示している。

注釈)アニサキスの生死判定について:これまでの研究論文では、薬剤処理などにより動きを停止したアニサキスが1〜2日後に動き出さなければ、「死んだ」と判定されてきた。しかし、この判定は、確かな科学的エビデンスに基づいたものとは言えない。そこで、我々は、死んだ細胞を選択的に染色することができるトリパンブルー染色を用いた。

生きたアニサキスは胃液の消化酵素で分解されず、一週間近く生きているが、正露丸液に30分間浸したアニサキスは、胃と同じ濃度の消化酵素(ペプシン)に浸すと、24時間以内に分解が始まった(Fig. 1)(動画:https://www.youtube.com/watch?v=-9Pf6rtXE9Y)。この結果は、胃の中にいるアニサキスを正露丸の成分で殺虫できることを示している。

大幸薬品のOgataらの研究(2020)により、正露丸の主成分である木クレオソートが、アニサキスのアセチルコリンエステラーゼという酵素を特異的に阻害することが明らかになっている。正露丸によるアニサキスの運動抑制や殺虫効果は、木クレオソートがアニサキス・アセチルコリンエステラーゼを阻害することによってもたらされると考えられる。

文献

Sekimoto M, Nagano H, Fujiwara Y, Watanabe T, Katsu K, Doki Y, Mori M (2011) Two cases of gastric anisakiasis for which oral administration of a medicine containing wood creosote (Seirogan) was effective. Hepato-Gastroenterology 58: 1252-1254. Link: https://bit.ly/3Abydmw

Ogata N, Tagishi H, Tsuji M (2020) Inhibition of acetylcholinesterase by wood creosote and simple phenolic compounds. Chem Pharm Bull 68: 1193-1200. Link: https://bit.ly/2SCRDzV

今後の課題

シャーレ内(in vitro)の実験環境が胃の中で再現できないと、胃の中のアニサキスを殺すことはできません。正露丸を丸薬のまま飲んだ場合、胃の中ですぐには溶けそうにありません。完全に溶けるかどうかもわかりません。また、アニサキスに正露丸液が浸らないと効果は期待できません。アニサキスが食いついている場所によっては難しいかも知れません。頭部を胃壁に穿入している状態のアニサキスを殺虫できるかどうかという問題も残ります。胃壁に頭部を穿入させているアニサキスを想定して、虫体の後部のみ正露丸液で処理した場合は、処理された部分のみ運動が停止し、その部分のみペプシン分解されます。しかし、正露丸液に浸らなかった部分は、まだ生きていて動いているので、アニサキスが胃壁に深く穿入している場合は、殺虫できない可能性があります。今後、このような問題検討も含めた臨床研究が待たれます。

おわりに

この研究結果はシャーレの中での実験段階(in vitroの実験)の結果であり、今後、臨床研究で検証する必要があります。専門医によると、刺身を食べた後の腹痛であっても、アニサキス症ではなく、別の深刻な命に関わる病気のこともあるそうです。アニサキス症の場合でも、急性アレルギーが起こる人もいます。まれに、アニサキスが消化管の壁を突き抜けて腹膜炎を起こしたり、腸アニサキスの場合は、腸閉塞を起こすこともあります。専門医が指摘しているように、自己診断せず、医療機関を受診されるようお願いします。

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