運動観察が運動実行に与える自動的影響は短時間の順応で逆転する
[紹介論文] Itaguchi Y. and Fukuzawa K. (2018) Adaptive changes in automatic motor responses based on acquired visuomotor correspondence. Experimental Brain Research
[論文URL] https://link.springer.com/article/10.1007/s00221-018-5409-x
【一言で言うと】長年かけて獲得してきた視覚と運動の対応関係は,簡単に,結構なレベルまで新しいものに切り替わっちゃうよ。
私たちは目を閉じている時以外,常に何かを見ています。このとき,知らず知らずのうちに,私たちの行動はその視覚的な刺激に影響を受けています。本研究で扱ったのは,そのような影響のうち,見ている物体の運動方向が私たち自身の運動に与える影響です。具体的には,「二つの運動方向が同じ場合(一致条件)には,それらが異なる場合(不一致条件)よりも運動の精度や反応速度が優れる」という,Congruency effectと呼ばれる効果です(※1)。たとえば,右に動く物体を見ていると,その動きにつられて動いてしまうような場合も,広い意味ではこの効果の一例です。効果の大きさは刺激の性質によりますが,重要なことは,この効果は,私たちが意識しないレベルで常に自動的に生じているという点です。
私たちは見ているもの(視覚刺激)に常に影響を受けている
では,そもそも,なぜ「右」に動く刺激を見たら「右」への運動反応が優位になるのでしょうか?それは,私たちの長年の経験によって,ある身体の動かし方をおこなうと,「右」に動く視覚的なフィードバックが得られるという対応関係を獲得してきたからだと考えられます。
本研究では,新しい「視覚−運動対応関係」に一時的に順応した際に,長年の経験によって獲得されてきた「視覚−運動対応関係」に基づいた自動的影響(つまりCongruency effect)も変化してしまうのかどうかを検討しました。具体的には,「“その時に使用している”視覚−運動対応関係に基づいた自動的影響が出現する」ことを仮説としました。
実験では,参加者は,モニター上でランダムに動き回るターゲット(小さな点)をマウスカーソルで追いかけるという作業をひたすらおこないました(トラッキング課題,図1)。通常であればこの課題はそこまで難しいものはありません。しかしながら,本実験では参加者に新しい視覚−運動対応関係を獲得させるために,通常とは異なる視覚フィードバックを用いました。すなわち,右にマウスを動かすと,左の方へカーソルが動いてしまうようなフィードバックです。実際には,反時計回りに150度の回転変換を加えた状況を設定しました(※2)。このような状況では,最初は思い通りにカーソルを操作することができません。しかしながら,時間をかけて練習していくことによって,“通常とはほぼ逆転”した新しい視覚−運動対応関係が獲得され,ターゲットを追う動作もスムーズに行えるようになります。
図1.トラッキング課題
さらに,図2に示すような課題を用いて,Congruency effectを評価しました。Congruency effectは,一致条件と不一致条件(※3)の反応時間の差分として定義しました。課題の詳細については説明を省略しますが,重要な点は,通常は,無視すべきディストラクターの運動方向が,自身の運動実行(反応)の方向と一致している場合に,それが不一致の場合よりも反応時間が短くなるということです。
図2.Congruency effect評価課題
実験のデザインを図3に示します。条件1は統制条件であり,マウスカーソルに回転変換がかかっているものの,回転角度は30度です。一方,条件2が今回のメインの実験条件です。この条件では,マウスカーソルに150度の回転変換がかかっています。条件3も,150度の回転変換がかかっていますが,Congruency effect評価課題を実施するタイミングが異なります。すなわち,条件1と2では“回転マウスを用いた後”にCongruency effect評価課題を実施したのに対して,条件3では,“通常マウスを用いた後”にCongruency effect評価課題を実施しました。
図3.実験デザイン(群とスケジュール)
実験の結果,条件2のCongruency effectは順応前は正の値であったのにもかかわらず,順応が進むにつれて,負の値に変化していきました(図4)。すなわち,驚くことに,不一致条件(たとえば,左方向への運動刺激を見て右方向へ指運動する試行)の方が反応時間が早くなったのです。これに対して,条件1と3では,Congruency effectは順応が進んだ後も正の値のままでした(※4)。これらの結果は,本研究の仮説を支持するものでした。
図4.順応にともなうCongruency effectの変化
本研究結果においてもっとも重要なことは,私たちの視覚と身体運動の対応関係は一意に決定されているわけではなく,状況に応じて順応的に変容していく性質を持つものであることが示された点です。長年かけて獲得した自動的影響が,たった数時間の練習で覆されてしまうという事実は,非常に驚くべきことです。この結果は,瞬時の反応が必要となるスポーツなどへの応用が期待されます。たとえば,運動ばかり意識して練習するのではなく,それをある視覚刺激と結びつけることで,視覚刺激を見ると特定の運動の遂行が優先的に処理される可能性などが考えられます。
※1 この場合,より厳密には,Compatibility effectと呼ばれます。運動方向にかかわらず,何らかの特性が一致している場合と不一致の場合を比較して,一致している場合のパフォーマンスが高い場合を総じてCongruency effectと呼びます。
※2 真逆(180度)でなく150度を用いた理由は,参加者に回転変換の性質をわかりにくくするためです。
※3 一致条件は,「右への運動刺激を見て右へ指運動」と「左への運動刺激を見て左へ指運動」,不一致条件は,「左への運動刺激を見て右へ指運動」および「右への運動刺激を見て左へ指運動」です。
※4 条件1では,新しい視覚−運動対応関係を獲得したものの,それは通常と30度しかずれていないため,Congruency effectには大きな影響を及ぼさないはずです。一方で,150度の回転変換に順応した条件2と3は“ほぼ逆”の視覚−運動対応関係が獲得されているため,Congruency effectも逆転するはずです。しかしながら,条件3においては,Congruency effect評価課題の直前に通常マウスを用いた課題を実施していたため,「その時に使用している視覚−運動対応関係」は私たちが普段使用しているものであり,新しく獲得された対応関係ではないと考えられます。そのため,条件3ではCongruency effectは逆転しないと予測されたのです。
Itaguchi Y. and Fukuzawa K. (2018) Adaptive changes in automatic motor responses based on acquired visuomotor correspondence. Experimental Brain Research, Online first