統合失調症傾向は,自己運動ではなく他者運動の予測障害と相関する
[紹介論文] Itaguchi Y., Sugimori E., and Fukuzawa K. (2018) Schizotypal traits and forearm motor control against self-other produced action in a bimanual unloading task. Neuropsychologia, 113, 43-51.
[論文URL] https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0028393218301271
統合失調症の患者さん,および統合失調症傾向の高い健常者は,“自己と他者に関する認識”において機能不全があると考えられています。この障害は,「自分でくすぐっても,くすぐったい」という現象を引き起こします。
そもそも,私たちが,自分で自分をくすぐってもくすぐったくないのは,自己の運動に関する予測がばっちりできており,それに基づいて感覚フィードバックをキャンセルアウトできるからだと考えられています(Figure 1)。一方で,この予測がきちんとできない場合,つまり自分以外の他者から刺激を与えられた場合には,きちんとキャンセルアウトができないため,くすぐったく感じることになります。そして,自分の予測に障害がある場合には,自身で引き起こしたくすぐりに対しても,くすぐったく感じてしまうのです。
Figure 1. 自己運動予測による感覚フィードバックのキャンセルアウト
本研究では,純粋な運動予測機能においても,統合失調症傾向と自己運動予測の障害に関係が見られるのかどうかを実験的に検討しました(※1)。課題は非常にシンプルで,「手のひらにおもりをのせて,その後取り去る」ということを行うだけでした(Unloading課題,Figure 2)。
このとき,実験参加者自身の手でおもりを取る場合(自己条件)では,おもりを取るタイミングをほぼ完全に予測できるため,おもりを支えている手のひらはあまり上下にブレることはありません。いっぽうで,他者がおもりを取る場合(他者条件)では,おもりを取るタイミングを予測することができないため,おもりを支えていた手のひらはおもりの上昇とともに,上に上がってしまいます(※2)。このときの手のひらのブレの大きさを,予測の不正確さの指標として用いました(※3)。
Figure 2. Unloading課題の手続き
従来の理論が正しければ,本課題においても,自己条件の際の手ブレの大きさと統合失調症傾向は正の相関を持つはずです。しかしながら,実験の結果,そのような自己条件における手ブレの大きさと統合失調症傾向の相関はまったく見られませんでした。一方で,他者条件において,手ブレの大きさと統合失調症傾向の間に強い正の相関が見られました(Figure 3)。確認のために,別々のグループに対してもう一度同様の実験をおこなっても,全く変わらない結果が得られました(※4)。
Figure 3. 統合失調症傾向と各条件における手ブレの大きさの相関
これらの結果は,純粋な運動予測機能については,自己に対する予測ではなく他者に対する予測の不正確さと,統合失調症傾向が比例関係にあることを示しています。さらに,詳しい解析をすると,陽性症状に関する因子との相関が強いことも明らかとなりました(※5)。この結果は,先行研究では明らかにされてこなかった新しい知見です。
この知見に加えて,これまでの研究で検出されてきた統合失調症傾向と相関する“予測障害”は,予測そのものの障害ではなく“比較・キャンセルアウト”あるいは感覚フィードバック処理における障害であることも示唆されます。また,もし統合失調症傾向と統合失調症が連続的であると仮定する場合には,自己の予測よりも他者の予測が先に機能不全を起こす可能性も考えられます。これらの知見により統合失調症のメカニズムの理解が一層進むことが期待されます。
※1 従来の研究で用いられてきたような「くすぐったさの程度を判断する」あるいは「与えられた力を判断する」課題では,順モデルからの予測だけでなく,感覚FBとの比較のプロセスも含んでしまっています。そのため,従来研究のパラダイムでは,順モデルからの“予測”に障害があるのか,それ以外の処理に障害があるのかを判断できませんでした。そこで,本研究では,感覚FBの処理を含まない課題を用いて,“純粋な予測”の障害と,健常者の統合失調症傾向との関係を検討しました。
※2 おもりを手のひらで支えるには,上(天頂)方向への力を出し続ける必要があります。おもりを取り去る際の手の動揺を抑えるには,適切なタイミングでその力を抜く必要がありますが,そのタイミングが早すぎるとおもりの重さによって手が下がり,おもりを落としてしまう恐れがあります。そのため通常は,おもりが取り去られるタイミングよりも少し遅れて力が抜けるため,手が上方向に上がってしまうのです。
※3 手のひらの裏に付けた加速度センサーによって計測しました。
※4 実験1の参加者数は40名,実験2の参加者数は37名でした。実験1ではSTAと呼ばれる統合失調症傾向を評価する質問紙(Claridge and Broks, 1984)を,実験2ではSPQと呼ばれる質問紙(Raine 1991)を用いました。質問紙の種類を変更したのは,質問紙の種類に依存した結果でないことを示すためです。
※5 「認知・知覚」因子とは0.37,「解体」因子とは0.51の相関がありました。