ラバーハンド錯覚をVR上でかつ脳刺激で誘発できるか

[紹介論文] Bassolino, M., Franza, M., Bello Ruiz, J., Pinardi, M., Schmidlin, T., Stephan, M.A., Solcà, M., Serino, A. & Blanke, O. 2018, "Non-invasive brain stimulation of motor cortex induces embodiment when integrated with virtual reality feedback", European Journal of Neuroscience, vol. 47, no. 7, pp. 790-799.

[論文URL] https://onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1111/ejn.13871

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※自分で補足挟みつつ噛み砕いて「誰でも分かるように」をコンセプトに書いています。蛇足と感じる部分があれば飛ばしても大丈夫です。

脳は常に身体からの情報(触覚や自己受容感覚、運動感覚、視覚、聴覚、運動指令とそれの外界からのフィードバックなどの異なる種類の信号)を送受信しています。※自己受容感覚…身体の運動状態や手足の位置を把握する感覚

運動指令と実行、それに伴う感覚は『自分が手を動かしたという感覚』『動いているのは自分の手だという感覚』を生み出します。※頭頂葉損傷患者の多くは自分の半身への理解を大きく欠いていて、患側に所有感覚がなく「私の寝ているベッドにこの腕を手を入れたのは誰?」と尋ねる方もいる。

この身体を所有しているという感覚は、『Embodiment』(身体を持ちコントロールする感覚)によって作られています。

このembodimentを操る方法としてラバーハンド錯視(RHI:rubber hand illusion)がある。※RHI…右手を隠しゴムの手を見せながら、本物の手とゴムの手を同時に刺激すると、ゴムの手が自分の手であるかのように錯覚するのが代表的.※ラバーハンド錯視は先行研究によると「視覚と触覚の同時性が重要」とされている。また運動を伴う場合その方向も一致しないと錯覚量が減少

先行研究では手足や皮膚に、触覚や自己受容感覚を与えたりと体性感覚に基づいてRHIの研究がなされてきた。

ここで興味深い可能性がある。手を司る脳領域を人工的に刺激し、embodimentを操れるのではないだろうか。今まででembodimentを経頭蓋磁気刺激(TMS)で操ろうとした研究はない。※TMS…論文ナビでは今まで何度か紹介済み。頭の上で磁場を発生させ脳を刺激する非侵襲的な方法。刺激された脳は担当する筋に勝手に運動指令を送る。

  • Method

被験者は32名(29±4.7)半数は女性。全員がメイン実験(*勝手に命名)を受ける。

また、この被験者を2グループに分け実験1を受けるグループ(29.8±4.8,女性:8名)と実験2を受けるグループ(29.6±4.6,女性8名)を作った。全員利き手のテストを受けて、全員右利きと判明済み。

  • メイン実験…脳のエリアの閾値の130%の強さで、一次運動野(M1)を磁気刺激
  • 実験1…メイン実験と同じ刺激強度で頭頂を磁気刺激
  • 実験2…先行研究によって刺激しても筋電が発生しないと分かっている、閾値の80%という強度でM1を刺激

実験手順

快適な椅子に座ってもらい、かつ右腕を白いテーブルに手のひらを下にして置いてもらう。その後、TMSのために刺激する場所や刺激の強さ、TMSによって起きる動きを確認する。そしてVR(Oculus-DK1)をかぶってもらい、VR上に見える仮想の手(on the white table)を現実の手と同じだと思う場所にセットしてもらう。

  • TMSでの脳の興奮性を測定する。FDI(第一背側骨間筋)から安静時のMEP(運動誘発電位)を12回計測。
  • <A>ハンドロケーションタスク(drift pre)を6回行う。
  • TMS-VRを12回行う。
  • ハンドロケーションタスク(drift post)を3回行う。
  • 半数の参加者はここでEmbodiment-quenstion(質問紙)に答える。
  • TMS-VR3回とハンドロケーションタスク1回のループを6回行う。
  • TMS-VRを6回行う。
  • 残り半数もEmbodiment-questionに答える。
  • TMS-question(別の質問紙)に全員答える。<B>
  • もう一度、FDIの脳の興奮性を確認する。

「A~B」の内容を、仮想の手が刺激と同時に動くパターンと、600,1200,1800msランダム(均等)に遅延して動くパターンの、2パターン計測。

以上の内容で1日目はメイン実験、2日目は実験1or実験2(被験者のグループによる)を実施した。

・用語とその内容、実験の目的

  • TMS…8の字コイル。ソフトウェアで閾値と刺激強度を決める。閾値の130%は確実にMEPを誘発させるため(引用文献なし)。サブ閾値(実験2)は50μVが計測されない強度のため(1997)。同じ刺激位置にするために頭皮にマーキングをした。刺激の感覚を予測されないために感覚を9.8~12.2sとランダムに空けた。また、TMS刺激の際に強度が強くなるにつれて「パチッ」と音がするので聴覚刺激の要素を消すために、ノイズキャンセリングイヤホン+ホワイトノイズ+実験2の時はダミーのTMSで130%の時の音を被せた。また注意力をそらすため、仮想の手の人差し指に毎回赤い点がいくつか出現しそれを数えてもらうというタスクも行った(正答率90%以上)
  • MEP…FDIから計測される筋電のpeak-to-peakのことを指す。無線電極でサンプリング周波数3000Hz、刺激の前300ms後1200msを記録。
  • TMSが誘発する運動…中指の関節に加速度計を付けて、VRに反映。システム上タイムラグは65msあったけど遅延を感じる150ms(1999,2006)よりは短かったので問題なし。
  • RHIの評価方法
  1. embodiment-question…先行研究にある質問紙+いくつか付け足し。一致するなら6、まったく一致しなければ0の7段階評価。例えば「私の手がゴムの手であるかのように感じた。」「ゴムの手を動かそうと思えば動かせる気がする。」
  2. ハンドロケーションタスク…自己受容感覚を評価する。別の場所を説明するようなもの。つまり、「本物の手はどこにありますか」という問いに対して左手でキーボードを操作しカーソルを動かして示してもらう。TMS-VRの前後で比較。
  • TMS-question…M1に130%、80%、頭頂に130%に対する近くを評価する。内容は「TMS刺激で頭に何か感じたか、TMSの音が聞こえたか、TMS刺激で手に何か感じたか、TMS刺激で手が動くのを感じたか」
  • 分散分析(ANOVA: analysis of variance)…複数の群のデータのばらつき(分散)を元にF分布を用いて検定。今回の要因としては「所有感覚、非所有感覚、場所、代行意識」と同期性(TMSと仮想の手の遅延)、刺激位置(実験1)or刺激強度(実験2)。同様に同期性と刺激位置、強度をEMBquestion,ハンドロケーションpre,post、TMSquestion,MEPpre,postで解析。

Result

実験1

刺激位置と時間の同期性に大きな相互関係が見られた。EMBqの内容に関係なく刺激位置×時間において、非同期でM1刺激した時に比べ同期で刺激した時にのみ有意差があった(P=0.005)。頭頂での同期、非同期では関係が見られなかった(P=0.49)。TMSqにおいては時間×感覚で有意差が見られた(P  <0.0001)。同期、非同期は関係がなかった。M1では頭頂での刺激よりもTMSによる手の感覚の有無(P  <0.001)およびTMSに誘発された手の動きの感覚の有無(P <0.001)で有意な差があった※まあ頭部の感覚や音に差が出たら逆にすごいが。

⇒以上のことから、TMSと視覚が同期のタイミングで、かつM1を130%刺激したときのみembodimentを操作できた。また、embodimentの変化は同期非同期で、「手や頭、聴覚などの感覚が違うから」という理由ではない。

実験2

刺激強度×時間同期性×embodiment要因が有意(P=0.031)。これを更に刺激強度と同期性で×embodimentでそれぞれ解析(ANOVA)したところ、130%刺激においてownershipとagencyには非同期条件に比べ同期条件で有意差が見られた。一方でサブ閾値刺激ではその差は見られなかった。また、TMSqでは刺激強度×感覚で有意差が見られた(P  <0.0001)。同期非同期に関係なく130%刺激のときの方が80%刺激の時に比べ有意に手にTMSの刺激やそれに伴う動きの感覚を得た。

⇒同期条件での閾値130%刺激ではembodimentを操れたが80%では無理だった。また、この結果は同期非同期がもたらした感覚の違いではなく、刺激強度による感覚の違いであると分かった。

・Discussion

時間的同期した視覚フィードバックとM1刺激TMSで仮想の手のembodimentを誘発できた。この新しいRHIは皮質脊髄路を活性化するTMSとVRフィードバックの時間同期で実験され、刺激位置(M1vs頭頂)、刺激強度(130%vs80%)で比較された最初のレポートである。刺激強度や刺激部位、時間の同期性、VRのシナリオなど細かくコントロールできる利点がある。

今までは直接、腕への入力でembodimentを起こしていた。それに対し本実験では直接刺激することなく誘発できた。また、能動的もしくは受動的な運動を伴う先行研究とは異なる。TMSでは運動が小さくかつ短時間であること。そして運動指令を自発的に出しているわけではないので運動の予測という要因がない。

つまりembodimentの操作には小さく短時間での運動で十分かつ、運動指令を伴う必要がなかったと分かった。しかしTMSによって引き起こされた求心性情報が受動的運動中の情報と類似しているという点は重要である。(先行研究の受動運動は今回と似たプロトコルとも言える?)閾値130%、80%で比較したように、同期したフィードバック+求心性情報で錯覚を作り出せるということである。

また、本実験で得られたデータは解剖学的に特異なものであった。錯覚がM1上の刺激でのみ起こり、頭頂やTMSの音、頭皮の感覚は関係なく、TMSとフィードバックが同期しているときに錯覚が生じるというものである。M1上でのサブ閾値ではMEPは検出されなかったため、M1を活性化させることが重要であるとも分かった。

⇒結局M1を活性化させて同期したフィードバックがあれば錯覚が起きるといえそう。しかしギリギリMEPが出ない閾値で刺激した時には錯覚が起きるという可能性もあるから要検討。

・Conclusion

今までのように、手の皮膚上に触覚刺激を与える必要がなくなった。運動障害やembodimentの障害の評価および治療に関連しうる。痛みを伴うような身体的手掛かりや運動を被験者(患者)に与えて検査をする必要がなくなったとも言える。(上肢欠損で幻肢痛がある患者さんとか応用の余地がありそう)

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