深いゆっくり地震と浅いゆっくり地震は同じ現象?
[紹介論文] S. Yabe, T. Tonegawa, and M. Nakano (2019), Scaled Energy Estimation for Shallow Slow Earthquakes, Journal of Geophysical Research, doi:10.1029/2018JB016815.
[論文URL] https://agupubs.onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1029/2018JB016815
阪神淡路大震災以降に陸上の地震観測網「高感度地震観測網(Hi-net)」や「広帯域地震観測網(F-net)」が整備された結果,深さ30-40kmのプレート境界で発生するゆっくり地震(スロー地震)という現象が発見されました.ゆっくり地震とはその名の通り,普通の地震と比べてゆっくりと断層がずれ動く現象で,地震の大きさを表すマグニチュードが6の場合,普通の地震であれば数秒で終わりますが,ゆっくり地震の場合は1週間程度かかります.また,ゆっくり地震が発生している間には低周波微動と呼ばれる地震波のシグナルを伴うことも知られています.西南日本では30-40kmの深さに帯状に連なってゆっくり地震が発生しており,多くの研究者が研究を行なっています.
一方,プレート境界の入口である南海トラフ近傍では,「地震津波観測システム(DONET)」と呼ばれる海域地震観測網が近年整備されています.これにより陸から遠いためにHi-netやF-netでは捉えきれなかった海域の地震活動が明らかになってきています.その結果,南海トラフに近いプレート境界浅部でもゆっくりとした断層運動や低周波微動が検出され,プレート境界深部で見つかっていたゆっくり地震と同じような現象が発生していることが明らかになってきました.
ここで疑問となるのが,深さ30-40kmで発生する深いゆっくり地震と海溝近傍で発生する浅いゆっくり地震が同一の現象であるかどうかという点です.プレート境界浅部と深部では温度や圧力といった地震の発生環境が大きく異なります.岩石を用いた実験では,温度や圧力といった条件が異なると岩石の摩擦特性も変化することが知られています.ですので,深いゆっくり地震と浅いゆっくり地震はゆっくりとした断層運動やそれに伴う低周波微動など,定性的には非常に似た現象に見えますが,定量的にも似た現象であるのかどうかを確認することが,ゆっくり地震の震源物理を考える上で重要となります.
本研究では,浅いゆっくり地震の大きさを特徴付けるパラメーターを推定し,深いゆっくり地震との比較を行いました.地震の大きさは地震モーメントと地震エネルギーと呼ばれる2つの量で表すことができます.両者の比は断層が単位量滑った時にどれだけ地面を揺らすエネルギーが放出されるかという効率を表しており,普通の地震は10の-5乗程度の値であるのに対して,深いゆっくり地震は10の-9~-10乗程度の小さい値を持っていることが報告されています.本研究はこの値を浅いゆっくり地震について推定しました.この推定を行う際に注意する必要があるのが,観測点固有の揺れやすさです.深いゆっくり地震を観測する陸上観測点は硬い地面の上に設置されていますが,浅いゆっくり地震を観測する海底観測点は海底のふわふわな堆積物の上に設置されているため,同じ地震エネルギーが入力されても海底観測点は陸上観測点よりも大きく揺れてしまいます.この補正に必要なパラメーターを普通の地震の揺れを用いて推定することで,浅いゆっくり地震と深いゆっくり地震の比較が可能となりました.
推定された浅いゆっくり地震の地震モーメントと地震エネルギーの比は10の-9~-8乗程度で深いゆっくり地震とかなり近いものの若干大きい値でした.本研究では紀伊半島沖の限られた領域の浅いゆっくり地震のみを対象としていたので,この若干の差が浅いゆっくり地震全てに当てはまる系統的なものかどうかを今後確認していく必要があります.いずれにしろ,定量的に見ても深いゆっくり地震と浅いゆっくり地震がかなり似た現象であることが明らかとなりました.これは,スロー地震を引き起こす過程に温度や圧力といったものがあまり重要ではないことを示唆しており,スロー地震の震源物理を今後明らかにしていく上で重要な手がかりとなります.