ツキディデスと現代国際政治学について

[紹介論文] 土山實男「リアリズムの再構築は可能かーツキュディデスと現代国際政治学ー」『国際政治』第124号、2000年、45-63項。

[論文URL] https://www.jstage.jst.go.jp/article/kokusaiseiji1957/2000/124/2000_124_45/_pdf/-char/ja

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1問題の背景

(1)

本当にツキュディデスが『戦史』を通じて言いたかったものは何かを明らかにすることを通じて、リアリズム国際政治学がはらむ問題を明らかにし、修正する

(2)

従来のツキュディデス像の「歪み」を正す

(3)

ツキュディデスの論理の中核にあると思われる「不安」の概念を通して、現代リアリズム国際政治学の新たな発展の可能性を模索する

2本研究で明らかになったこと

(1)

ツキュディデスが、人間とその集団の行動の源泉を、名誉、利益、そして、恐怖にみていたことは知られているが、特に、不安についての記述は時に具体的であり、時に体系的である。

不安は環境の変化が生む認知のひとつであるが「苦痛は自分の日常親しくしていたものが奪われる時に生ずる」(2巻44章)と述べたように、得たものを失うときに恐怖を覚える。

これは、プロスペクト理論によって立証されている。

さらに、ひとたび獲得したものを失わないためには「更に多くを獲得」しようとし、得たものを失うときに恐怖を覚える。それゆえ、N.J.スパイクマンは、力が均衡するときではなく、敵より「わずかに強いときにのみ安全保障が得られる」と書いたのであり、モーゲンソーはそれを「余分の安全」と呼んだ。

 

また、アテネがケルキュラを見放せば、将来戦争となった場合勝てないかもしれないという恐怖と、他方、いまケルキュラに加担すれば自国の利害と直接関係のない地域の内覧に引き盛られるかもしれないという恐怖の間でディレンマに立たされていたー同盟のディレンマと呼ばれる問題である。

「アテネの力の増大がスパルタの恐怖となってペロポネソス戦争が起きた」を引いて、セキュリティ・ディレンマとJ.ハーツが初めて概念化した。

(2)

メーロスの対話(「強者と弱者のあいだでは、強者がその欲するところなし、弱者はそれを甘受するしかない」)をツキュディデスの本心と読み誤った理由

①モーゲンソーらが批判しようとした理想主義に対するネガティビズムとしてのツキュディデスへの思い入れ

②より大きな問題は、国際政治学者が、メーロスだけに焦点をあてて、ミュテレーネからシシリーというコンテクストの中で読まなかったためにツキュディデスが真に伝えたかったニュアンスに富んだ論理が無視されてしまったこと

③議論の余地のあるところだが、初期リアリストの多くがドイツと東欧からの亡命知識人で、特殊な歴史体験からくる強迫観念としての国際秩序やパワー間が歪めた(しかも、邪推だろうかとも述べている)

④ネオリアリストはあたかも経済学の市場が国際政治のアナーキーに、通貨としてのマネーがパワーい対応するかのように考えて、国際政治の理論かを進める中で、ツキュディデスをそのような考えの祖としたこと

⑤ネオリベラリストのもつ「好戦性」を批判することに懸命になる余り、彼らもリアリストと同じようにリアリストのツキュディデス像を踏襲したこと

①~⑤の誤読に対して、(1)で示したことがツキュディデスの真意である。

なお、J.ハーツやA.ウォルファーズは初期リアリストのなかで、ツキュディデスをよく理解した数少ない国際政治学者もいた。

(3)

ツキュディデスは、予測不可能なことが歴史の展開において、より大きな位置を占めており、国家行動を説明するのに、しばしば、ペリクレスやクレオンなどその指導者をもってしたが、現代の政策決定論者(R.スナイダーら)が「国家とは意思決定者のことである」との立場から論じているのと同じである。

そのうえ、ツキュディデスの分析は、人間の個人・集団両方の心理の奥底までも見通す深い洞察に富んでいる(現代的分析といえる)。国際体系のレベルだけではなく、国内体制と、人のレベルをふくめて多層的に分析しているというふうにもいえる。

デモクラティック・ピース論について民主制と寡頭制の違いに鋭い目を向けている。このことは懐疑的に見るリアリストが多いこともあって、リアリズムに留まるものではないことも示唆している。

ツキュディデスは、リアリスト理論の中心に位置するが、その論理は、従来のそれを全面的に否定しないにしても新たな知見をとり入れて、よりニュアンスに富んだツキュディデスの理解を必要とする。

3既存研究との比較

ツキュディデスの『戦史』の研究は、文学や哲学的側面から行われることが多く、政治学の面からはあまり研究対象とされてこなかった。また、体系的かつ具体的にツキュディデスの理解を国際政治学の観点から行った点が先行研究と異なる点である。

4どのような手法を使用したか

ツキュディデスの『戦史』がどのように国際政治学者に読まれてきたかについて、国際政治学の理論とツキュディデスの『戦史』の記述を初期リアリストやディフェンシブ・リアリストの立場から検討した。

5結果のインパクト・意義

ツキュディデスを新たな知見をとり入れ理解することは、21世紀の国際政治学のあり様を展望するときに必要であり、これまで国際政治学の観点から体系的・具体的に検討されてこなかった点からも極めてインパクトは大きいものである。

また、ネオリアリズムやネオリベラリズムによるミクロ経済学や計算可能な物的パワーによる説明では不十分な点を鋭く指摘している。

 

6参考文献リスト

・Joseph S, Nye, Jr“Understanding International Conflicts: An Introduction to Theory and History”New York: Harper Collins, 1993.

・トゥキューディーデス(青木巌訳)『歴史』上巻、生活社、1946年。

・田中美知太郎『ツキュディデスの場合』、筑摩書房、1970年。

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