SNSによる症例調査:アニサキス食中毒に正露丸が効く
[紹介論文] Takuya Matsuoka, Tatsuomi Matsuoka (2023) Oral intake of a widely available gastrointestinal OTC medicine ‘Seirogan’ is effective for gastric anisakiasis (Anisakis food poisoning). Int. J. Res. Pharmacol. Pharmacother. 12 (3):153-156
アニサキス幼虫は、サバやカツオなどの刺身に隠れている2〜3cmくらいの線虫で、この線虫は胃や腸の粘膜に頭部を突き刺して暴れ回り、アニサキスから分泌される物質によるアレルギー反応により七転八倒するほどの腹部の激痛が起きる。ほとんどの場合は、アニサキスが胃壁に穿入することによって起こる「胃アニサキス症(食中毒)」である。現在、アニサキス症の治療薬は存在せず、胃アニサキス症の場合は、内視鏡を使って摘出する以外に方法はない。
胃アニサキス症は、アニサキスが隠れている刺身などを食べた後、数時間から12時間くらいまでに発症する。通常、刺身は夕食で食べるので、胃の激痛がおこるのは深夜である。しかし、深夜にアニサキスを除去してくれる救急外来がすぐに見つかる訳ではない。また、翌日も病院に行けない場所に滞在していることもある。それゆえ、胃アニサキス症に効く治療薬の開発が望まれる。
約10年前に行われた試験官内の実験では、木クレオソートを含む正露丸がアニサキスの運動を速やかに停止させることがわかった(Sekimoto et al., 2011)。さらに最近の研究では、正露丸には強力なアニサキス殺虫作用があることがわかった [この実験では、0.01M塩酸 30mL(空腹時の胃液の量とそれに含まれる塩酸濃度に相当)に正露丸3粒(1回の服用量)を溶かした液にアニサキスを入れた](Matsuoka and Matsuoka, 2021)。これらの試験官内の実験結果は、正露丸が胃の中で完全に溶けたならば、胃壁に頭部を穿入しているアニサキスを通常の服用量で殺すことができることを示唆している。実際、正露丸が胃アニサキス症の症状を和らげたという2症例が報告されている(Sekimoto et al., 2011)。
本研究では、胃アニサキス症(自己診断を含む)に対する正露丸の効果について、2015年4月4日〜2023年6月13日の間にSNSに投稿された記述(著者らが見つけることができたすべて;ただし記述が曖昧な数例は除いた)を分析した。
この結果、「効果あり」(正露丸を飲むことで胃アニサキス症の症状が著しく和らいだ、または症状が消えた)という投稿が33件(59%)、「多少効果があった」が13件(23%)、「全く効かなかった」が10件(18%)であった(図参照)。
症例
円グラフの各カテゴリーの代表的な症例を以下に示す。これらの症例は、アニサキス関連の記事(URLは以下に示すが、ヤフーニュースは既に削除されている)に対する個人のコメントを抜粋・要約したものである。
https://news.yahoo.co.jp/articles/047619a53f052cf726dd3dd4314a29304c79faa0;
https://news.yahoo.co.jp/articles/4be8b19b757d56e9d4d4caae73183eab3004dae1; https://news.yahoo.co.jp/articles/bfaf2b5d87a2c8c09c9057b4881ac719179 b6ec1; https://nazology.net/archives/95980/2; https://moyarin.com/12547.html
効果あり
症例 1
刺身を食べた後、深夜に強烈な胃痛が周期的に襲ってきた。しかし、深夜だったため、救急車を呼ぶのをためらった。投稿者は、「アニサキスに正露丸が有効」という情報を得て正露丸を飲んだ。すると、2〜3分で痛みが消失した。
症例 2
投稿者は、カツオの刺身を食べた後、真夜中に強烈な胃痛に襲われた。正露丸を飲むと、翌日病院に行くまでには痛みはほとんど消失した。病院で検査した結果、動きが止まったアニサキスが見つかったが、動いていないので簡単に除去できた。
多少効果あり
症例 1
正露丸は、痛みの周期を遅らせ、ある程度痛みを和らげる効果があった。投稿者は、1日は正露丸で我慢できたが、次の日には病院に行き、内視鏡を使ってアニサキスを除去してもらった。
症例 2
正露丸は胃痛をおよそ3分の1まで和らげたが、3日間胃痛が続いた。
効果なし
症例 1
この投稿者はイカの刺身に隠れていたアニサキスに感染した。正露丸を飲んだが全く症状は改善せず、病院で内視鏡を使って除去してもらった。
症状 2
この投稿者は、ひどい腹痛のため動くことができず、唾液が溢れ出してきた。正露丸やその他の胃薬を飲んだが、全く症状は改善せず、4日間以上痛みで苦しんだ。
飲んだ正露丸の量の記載に関しては、正確に記載されてない投稿が多く、用量・用法を守っていないケースもあった。「効果あり」の場合、病院に行かなかったケースが多く、この場合は自己診断である。自己診断の根拠は、刺身を食べて数時間くらい経過してから、突然、腹部の激痛が起きたことによる。「多少効果あり」と「効果なし」の多くは病院でアニサキス症の診断を受けていた。
今回の調査では、41%は正露丸が十分に効かなかったという結果になった。この理由として以下のことが考えられる。
(1)胃の中で、正露丸液の濃度がアニサキスを殺す濃度に達していない。例えば、正露丸が胃のなかで完全には溶けなかったり、大量の水と一緒に飲んだ場合は、アニサキス致死濃度に達しないと思われる。
(2)アニサキスが胃壁に深く穿入している。この場合、アニサキスの穿入している頭部側は正露丸液に浸らないので当分の間生きていて活発に動き回る。
正露丸の作用により弱って胃壁から脱落したアニサキスが腸に移動し、再び腸壁に穿入するようなリスクはないのだろうか?今回の調査では、そのようなケースはなかったが、今後の臨床研究で明らかにされる必要があるだろう。今回の調査結果は、多くの場合、胃アニサキス症の症状緩和のための応急処置として正露丸が有効であることを示している。しかし、約41%のケースでは、正露丸が十分な効果があったとは言えない。より有効な用量・用法を確立するための今後の研究に期待したい。