火山岩石学のベーシックな研究手法で蔵王火山の過去の噴火活動を解明する
[紹介論文] Y. Takebe and M. Ban (2015) Evolution of magma feeding system in Kumanodake agglutinate activity, Zao Volcano, northeastern Japan. Journal of Volcanology and Geothermal Research 304, 62-74
[論文URL] https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0377027315002383
この記事の見出し
最初にお約束
このダイジェストは蔵王火山の将来の活動予測を一切提供しません。現在の火山活動の情報は気象庁、並びに管轄の気象台が発表する情報をご参照ください。
噴火警報・噴火予報の発表
http://www.data.jma.go.jp/svd/vois/data/tokyo/STOCK/volinfo/volinfo.php
火山登山者向けページ
http://www.data.jma.go.jp/svd/vois/data/tokyo/STOCK/activity_info/map_0.html
また、在住地域の火山災害予測はハザードマップを参照ください。
http://vivaweb2.bosai.go.jp/v-hazard/
研究の目的・意義
本研究は、東北地方の宮城・山形県境にある蔵王火山の過去の活動実績とマグマの関係を明らかにしたものです。
ご存知だと思いますが、蔵王火山は2011年の東北地方太平洋沖地震以降、湖水の白濁や火山性地震が記録されるなど、今後も噴火の恐れがある活火山の1つです。
火山活動は、1回の噴火・爆発は火口近くの火道の状況(脱ガスなど)などに支配されていますが、500年や1000年といったスパンでの火山活動の推移は、火山下にあるマグマだまりの活動に支配されています。
なので、火山岩石学の専門家は、さまざまな手法を駆使して火山下にあるマグマだまりの情報を集めようとしています。
しかし、
- ドリルを使った探査船でマグマだまりまで掘り進める
- 波動砲でマグマを打ち抜く
といったSF映画のような方法は確立されていませんので、現在の火山岩石学では「火口から放出されたマグマを解析することで、火山下の様子を推測」しています。
本研究も同様で、「蔵王火山の過去の噴出物を採取し、それを室内で解析し、マグマ系を推定する」という、火山岩石学の非常にベーシックな方法で研究を行いました。
過去の蔵王火山のマグマだまりの進化を追うことで、本研究には以下のような意義があると考えています。
- 宮城県や山形県など、蔵王周辺地域の将来の防災に役立てる
- 典型的な火山列島である東北地方の典型的な火山である蔵王を調査することで、マグマの進化モデルを明らかにし、火山岩石学の発展に役立てる
研究対象
研究対象は、蔵王火山の約3万年前(もう少し古いかも)に活動したと考えられている「熊野岳アグルチネート(現名称:熊野岳火砕岩)」です。
アグルチネートとは、火口から放出されたマグマのしぶきやスコリア(黒色の軽石のこと)、火山弾が急速に積み重なった火砕(かさい)堆積物で、東北地方の一般的な火山でもよく見られます。
これらは火口から数kmの範囲に堆積しますので、都市への被害よりも、山頂付近の施設や観光客・登山客に致命的な被害を与えます。
熊野岳アグルチネートは蔵王火山の最高峰である熊野岳の東側をべったり覆うように堆積しており、下位から上位に向かってスコリアや火山弾のサイズが大きくなる(おそらく噴火規模の増大化)、など時間変化を見ることができます。
本研究では、これを下位から上位に向かって連続的に調査・スコリアの採取を行い、この噴出物をもたらしたマグマの時間変化を明らかにしました。
研究手法
本研究では、以下の方法を利用しました。
- 薄片観察(岩石記載といいます)
- XRF(蛍光X線分析)を用いた全岩化学組成分析
- EPMA(電子線マイクロアナライザ)を用いた鉱物化学組成分析
薄片観察(岩石記載)
採取した岩石を薄片にし、含まれる斑晶鉱物を偏光顕微鏡にて観察します。観察は1枚につき、1時間から2時間ほどかかります。
顕微鏡で鉱物を観察することで、
- 含まれる斑晶鉱物の種類と量比
- 溶融構造(結晶が一度溶かされて、再結晶化した痕跡)
などを明らかにできます。また、この岩石記載の結果を元に、後述するEPMAによる測定を行います。
熊野岳アグルチネートの場合、含まれる斑晶鉱物は多い順に、斜長石、直方輝石(旧名:斜方輝石)、単斜輝石、かんらん石、磁鉄鉱です。斜長石や輝石には溶融構造がふんだんに記録されており、薄片観察の時点で、マグマの活動がかなり動的だったと推定した上で、後続する研究に移りました。
全岩化学組成分析
採取した岩石の化学組成を分析します。本研究の場合、熊野岳アグルチネートの下位から上位に向かって連続的に試料を採取したため、岩石の化学組成が噴火活動とともにどのように変化していったか、を追うことができます。
分析の結果、熊野岳アグルチネートは、全ての岩石が玄武岩質安山岩(シリカ量で55~56wt%)の化学組成を持っており、下位から上位に向かって、わずかにシリカ量が減少する傾向が見られました。
XRFは山形大学設置の機器を使用しました。測定自体は機械が勝手にやってくれますので、測定試料作成と試料交換が人間の仕事です。
鉱物化学組成分析
採取した岩石に含まれている斑晶鉱物の化学組成を分析します。EPMAで分析できるのは幅10マイクロメートル程度の超微小領域です。
斑晶鉱物の化学組成の変化は、マグマだまりの組成変化を反映していると予想されます。通常、単一のマグマが静かに冷え固まっていく(進化する)と、シリカに乏しく鉄やマグネシウムに富むマグマ(マフィックマグマ)から、シリカやカリウムに富むマグマ(フェルシックマグマ)に変化します。もし、斑晶鉱物に記録された化学組成が、フェルシックからマフィックに進化するならば、それは斑晶鉱物の周囲の環境がフェルシックからマフィックに変化したことを示します。一般的には、これは成分が異なるマグマの混合で説明され、火山下のマグマだまりが動的な進化を遂げた証拠になります。
実際に測定を行ったところ、斑晶鉱物は2つ、ないし3つのマグマから、それぞれ結晶化したものが混ざっていることがわかりました。また、1つの斑晶鉱物内でも化学組成の変化が著しく、やはりかなり動的な環境で結晶化が進んだことも明らかになりました。
EPMAもまた山形大学設置の機器を使用しました。こちらも測定自体は機械が勝手にやってくれますので、測定試料作成と試料交換が人間の仕事です。
研究で明らかになったこと
斑晶鉱物の記載と化学組成の測定、また全岩化学組成の変化を元に、熊野岳アグルチネートをもたらしたマグマの特徴を推定した結果を紹介します。
熊野岳アグルチネートは噴火前〜噴火期間中に3つのマグマが混合し、一体となって噴出に至ったと予想されます。
- 低温のフェルシックマグマ:
浅部地殻内、地下数kmあたりの貯留。温度は950度程度でシリカ量は60%程度。斜長石、直方輝石(旧名:斜方輝石)、単斜輝石、磁鉄鉱を含む - 高温のマフィックマグマ1:
地下深部から上昇。温度は1070–1110度程度でシリカ量は50%程度。斜長石とかんらん石を含む - 高温のマフィックマグマ2:
地下深部から上昇。シリカ量は不明(おそらく50%程度より低い)。温度は1100–1140度程度でかんらん石を含む
混合の順番は
- ファーストミキシング:マフィックマグマ1と2の混合(ハイブリッドマフィックマグマ)
- セカンドミキシング:ハイブリッドマフィックマグマとフェルシックマグマの混合
このような現象をマグマ混合(magma mixing)と言い、特に地殻内に貯留される低温のフェルシックマグマへのマグマの供給は、フェルシックマグマの内圧を高め、地表に向かって岩盤が破壊されることで、噴火のきっかけになる可能性があります(これらは、しばしば火山性微動や火山性地震として観測されます)。
熊野岳アグルチネートの場合、噴火が継続するとともにハイブリッドマフィックマグマの供給量が増加した結果、採取された岩石のシリカ量が減少するとともに、噴火規模の増大化に繋がったのかもしれません。
よもやま話
この研究、最大(?)の謎は、熊野岳アグルチネートが何年かけて堆積したかが不明なため、このマグマの進化と噴火強度の変遷がどの程度の時間をかけて発生したかがわからない点です。残念ですが、仕方ないですね。
参考
蔵王火山地質図(活動履歴なども紹介されています)
https://gbank.gsj.jp/volcano/Act_Vol/zao/text/exp-1.html