レモンサワーなどの酸性酒が食中毒菌を殺す
[紹介論文] Takuya Matsuoka, Mitsuru Okamoto and Tatsuomi Matsuoka (2024) Acidic alcoholic beverages have a strong microbial killing effect. Journal of Advances in Microbiology Research 5(2): 6-9.
[論文URL] https://www.microbiojournal.com/article/156/5-1-40-481.pdf
研究に至った経緯
胃酸のような強い酸や手指消毒用の70%エタノール(エチルアルコール)は、それら単独でも強い殺菌作用がある。しかし、弱い酸や酒類に含まれるような低濃度(数%〜20%)のエタノールの殺菌力は、さほど強くはない。ところが、これらを混ぜると殺菌力は飛躍的に増大することがわかっている。我々の実験では、薄い塩酸(pH 3)と10%エタノールを含む混合液に、酸耐性菌の肺炎桿菌を入れると、菌の生存率は、酸またはエタノールに入れたときの1万分の1以下にまで減少した。
空腹時には、胃酸(塩酸)の分泌により、胃液は強い酸性(pH 1〜2)である。このため、酒に含まれるエタノールと胃液が混ざれば、殺菌力は飛躍的に増大するはずだ。我々の実験では、ビールに塩酸を加えてpHを3にすると、菌の生存率は千分の1に減少することがわかった。「酒で胃を消毒」というのは、あながち間違いではなさそうである。
しかし、ビールだとすぐに胃酸は薄まり、胃液の殺菌効果はなくなってしまう。それなら、梅酒やレモン酎ハイのように酸味の強い酒なら、胃酸が薄まっても殺菌効果が持続するのではないだろうか?そのように考えて、梅酒やレモン酎ハイが食中毒菌のカンピロバクターに対して、殺菌効果があるかどうか調べてみた。
結果
カンピロバクターは、非加熱あるいは加熱不十分の鶏肉、鶏レバー、鶏刺し等による食中毒の原因菌で、この菌による食中毒は、細菌性の食中毒発生件数の約70%を占めている。実験では、各々のテスト液に菌を10分間ほど入れた後、寒天培地に植え付けた。
上図:カンピロバクターのコロニー。下図:エタノールと酸の組み合わせにより飛躍的に殺菌効果が増大するしくみ。
図(上)は寒天培地に形成されたカンピロバクターのコロニーである(白い斑点)。1個のコロニーは、1個の菌が増殖して形成されるので生き残った菌の数がわかる。この結果、④焼酎の水割り(中性)は殺菌効果がほとんどなかったのに対して、同程度のエタノール濃度(ALC.= 9〜10%)の②梅酒や③レモン酎ハイ(3%レモン果汁を含む市販の缶酎ハイ)では、99%以上の菌が死滅した。
その他の研究例
梅酒の殺菌効果について実験的に調べた他の研究例としては、我々が知る限りでは、学会発表の記録が1件残っているのみである。これによると、梅酒はサルモネラ菌などに対しても殺菌効果があったようである。また、酸性酒であるワインにも強い殺菌効果があることが、他の研究グループにより実験的に明らかにされている。
酸とエタノールを混ぜるとなぜ殺菌効果が増大するのか?
図(下)は、酸とエタノールを混ぜると、なぜ殺菌効果が飛躍的に増大するのかを説明する仮説である。エタノール分子が細胞膜の中に入り込むと、細胞膜は物質を透過しやすくなる。このため、エタノールを含む液の中では、水素イオンや酸性酒に含まれるクエン酸などの有機酸が、微生物の細胞内に多量に入ってくると考えられる。この結果、細胞内は大きく酸性に傾くため、タンパク質などの重要な分子の機能が失われ、微生物は死んでしまうと考えられる。
結論
以上述べたことは、試験管内の実験結果であるが、酸味の強い酒(少なくともpHが3.5以下)を食事中に飲むことにより、実際に食中毒のリスクを下げることができるのではないかと、我々は考えている。
ノロウイルスによる食中毒
食中毒の原因は細菌だけではない。カンピロバクター食中毒についで発生件数が多いのが、ノロウイルスによる食中毒である。ノロウイルスを、酸と70%エタノールの混合液で処理すると、ほとんどが不活性化することが知られている。しかし、10%程度のアルコール度数(エタノール濃度)の酸性酒でも殺菌効果があるかどうかはわからない。